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71話 秘められた想い

last update Date de publication: 2026-04-01 06:34:02

湊くんを見送って、燈が眠っているベッドルームに入る。気を失った燈のバイタルをチェックする。

(大丈夫そうだな)

そう思い、ホッとする。ベッドの端に座り、燈を見下ろす。手を伸ばしてその頭を撫でる。思い出されるのは五年前のあの日。俺に電話して来た燈に何かを感じた。何が起こったのかは後で知る事にはなったが。

EMSO(アイゼンバーグ医療戦略機構)の本部は、国外にある。その研究機関の責任者だった俺に直接、電話をかけて来るくらいだから逼迫しているのだろうとは思った。それまで燈から直接、電話を貰った事など、無かったからだ。

研究機関の人数的には、もちろん多い方が良い。だが誰でもがEMSO(アイゼンバーグ医療戦略機構)に入れる訳では無い。能力が無ければ入れないのは当然の事として。医師としての経歴も大事だった。燈はその点に関しては何の問題も無かったが。

研究機関に来た燈は痩せ細っていたし、やつれてもいた。加山良江の日記から読み取れた情報ではラインプロスを使われ、流産させられた燈は、その足で研究機関に来た事になる。体に負担をかけたまま、研究機関に来たという事だ。俺は燈を見て、燈の体の具合を察した。

燈
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  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   313話 爆発

    第七区画の北側へ到着する。先陣を切っていた部隊の人たちがフェンスを切り、車を進める。私たちは夜の闇に紛れて、第七区画の建物へ近付く。手際よく進んで行く部隊の人たち。私たちが車を降りた時には第七区画の建物への侵入が始まっていた。スタスタと静かな足音だけが響き、部隊の人たちが建物の中に入って行く。私たちと一緒に居る部隊の人の無線から声が聞こえる。「クリア! 一階はクリア!」そういう無線の声を聞いて私は遼大を見る。クリア、という事は一階部分には愛沢くるみも千堂弘も居ないという事だ。腕時計を見る。時間は千堂弘から電話が来てから45分が経っていた。「残り時間は15分……」私が小さな声でそう言うと遼大が微笑む。「大丈夫だ、きっと見つかる」その時、また無線が入る。「地下階へ行くエレベーター発見! 突入する!」私たちと一緒に居た部隊の人が言う。「安全確認が取れました。中へ」そう言われて私たちは中へ入る。中は大きな倉庫のようになっていた。ベイサイドパイロットプラントのように。私が高い天井を見上げた時だった。ドォーーーン!!!そんな爆音と共に、建物全体が、私たちの立っている地面が、揺れた。咄嗟に遼大が私を引き寄せて、抱き寄せる。私たちの周囲に居た部隊の人たちが私たちを守るように私たち三人を囲む。「何事だ! 報告を入れろ!」私たちと一緒に居た部隊の人が無線に向かって叫ぶ。けれど応答が無い。「安全確認をします、一旦、建物から出て頂けますか」そう言われて私たちは建物から一度、出される。「一体、何事なの?」遼大は腕時計を見ながら言う。「千堂弘が切ったタイムリミットは一時間だった。今は50分経っている……可能性としては」遼大はそこで言葉を区切って私と賀神さんを見る。「もう既に抽出術が終わっていて……」私がそこまで言うと、今度は賀神さんが言う。「千堂弘が逃げた可能性が出て来た、という事ですか」そう言われた遼大が頷く。「可能性としてはそれが一番、高いだろうな」またしても、だ。千堂弘の裏をかけたと思っていたのに。今度は何がいけなかったのだろうか。やはり、懸念していた通り、千堂弘に通じている人間が居て、その人間が情報を流しているという事なんだろうか。私はそう思いながら窓の外に視線をやった。私の視界の中に暗闇に紛れて、一台の車が

  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   312話 悪巧み

    「情報が漏れている可能性があるとすれば、そこは一体、どこなのか……」遼大がそう言って考え込む。賀神さんが慎重に口を開く。「EMSOの内部に千堂弘側と繋がりがある可能性があるとすれば、それは八重樫一晟になりますが、彼は既に我々に囚われていて、協力的でもありますからね……他にEMSOの方で外部との連絡を取っていると考えられる者は今のところ、皆無ですが」賀神さんにそう言われて、私も考える。「もしかしたら聖カトリーナの方に居るかもしれないのよね」私が呟くようにそう言うと、遼大も独り言のように言う。「確かにな、可能性としては無くはない。俺たちが管理出来てない事と、やはり外部からの流入がしやすい面はある」聖カトリーナは病院だけに、一般の外来患者さんだけでもかなりの数になるし、入院している患者さん、その関係者、そして病院側のスタッフ、清掃員までを含めると膨大な数になる。どの人もアクセスが可能な訳では無いけれど、不可能でも無い。「EMSOの方は俺が責任者権限で全てのログを集めよう」遼大がそう言う。「聖カトリーナの方は久遠先生にお願いしてみましょう」賀神さんがそう言う。「そうね、湊に頼んでみるわ」私はスマホを取り出して、前回の事を考慮に入れた情報漏洩の可能性についてメッセージを送る。湊からはすぐにメッセージが返って来る。『了解した。こちらで調べてみる。任せてくれ』車が進んで行く。日が完全に落ち切っている。藤堂氏の手配してくれた部隊の人の無線が引っ切り無しにそれぞれの部隊の動向を報告している。◇◇◇ピッ、ピッ、ピッ……電子音が響くラボの実験室。検体は既に動けないようにしてある。この実験室に入って来る手前。私は入る前に足を止めた。何故ならそれは実験室の中から聞こえて来る声に興味が湧いたからだ。実験室の中からはこんな声がした。「待っててくださいね、もうすぐです……もうすぐあなたは無垢な状態になる……そうなればあなたは僕のものです……僕がここから救い出してあげますからね……」チラッと実験室を覗く。あの男は……名は何と言ったか……忘れてしまった。確か、かなり前から私の元で働いている。私は自分の研究以外に興味が無いので人の名など覚えたりはしないし、今までそれで困る事も無かった。顔が傷だらけの男……だが体格は良く、使い勝手が良かったと記

  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   311話 可能性

    私たちは千堂弘の居るであろう第七区画へ行く準備を速やかに行った。それぞれが連絡を入れたりする中で遼大が言う。「藤堂氏には俺から連絡を入れる。うちの人員との連携もあるからな」遼大はそう言いながら用意されていたタクティカルスーツに身を通す。私も着替えながら遼大に言う。「湊へは連絡を入れておいたわ。バックアップに回ってくれるそうよ」遼大がスマホを確認している間、既にタクティカルスーツの着用を終えていた賀神さんに聞く。「賀神さんの方は大丈夫なの?」そう聞くと賀神さんが苦笑する。「心配はされてますが……大丈夫です」こういう事態になって、初めて一緒に“出陣”するのだから仕方ないだろう。しかも現場に行くとなれば、最悪の状況も考慮に入れなくてはいけないのだから。不意に私のスマホが鳴る。見れば湊からメッセージが来ている。『藤堂氏との連携完了、御堂院家からの協力の申し出アリ』それを見て微笑む。「東都メディカルも協力してくれてるみたいね」私がそう言うと賀神さんが頷く。「静香が指揮をとってます」そう言われて私は頷き、言う。「頼もしいわね」髪をひっ詰めて、一つに結ぶと遼大が私の頭をポンと撫でる。「行けるか?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、行けるわ」遼大は微笑み、言う。「藤堂氏の方とも連携がとれた。すぐに人が来る」◇◇◇車での移動を開始する。私たちが乗っている車両には他にも数人の人員が乗っている。遼大の部下の人たちと藤堂氏の手配で来てくれた“公的機関”の人たちだ。藤堂氏が事前に話を通しておいてくれたお陰で、連携はスムーズだった。「様々な危険を考慮に入れて、我々は動きます。最初の突入は我々が先陣を切りますので、ご了承を」そう言われて私たちは頷く。ベイサイドパイロットプラントに突入した時もそうだったから、何となく手順は分かっている。数台のバンが連なって走っている。「どんな場所なのかしらね」私がそう言うと、遼大がタブレットを見せてくれる。「事前に入手した第七区画の平面図だ」ざっと見るだけでも、かなり大きい。「かなり大きいわね」そう言うと遼大が頷く。「あぁ、規模が大きいからな」遼大はそう言いながら私と賀神さんにタブレットを見せながら言う。「今回俺たちが狙いを定めているのは、ここ」そう言って平面図を指差す。「構造上、ここが

  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   310話 特定

    送られて来たデータを聞き直す。確かに賀神さんの言う通り、私たちが話しているその奥で、鉄工所などで良く聞く分厚い鉄鋼などがぶつかり合うような音と、船の汽笛の音がしていた。本当に私たちの声に混ざったその音を聞き逃さなかった賀神さんの耳はすごいと思った。「本当に聞こえるわね」私がそう言うと遼大がクスッと笑う。「賀神は昔から耳が良かったよな」そう言われて賀神さんが笑う。私たちは気を引き締めて、千堂弘からの電話の音声を元に色々と導き出した。この時間に出港した船の場所。そして鉄鋼のぶつかり合うような音がどの程度の距離なら聞こえるのか。それらの情報と私たちが三か所にまで絞った候補地を合わせてみる。合致したのは一か所。「ベイサイドパイロットプラントの中……第七区画にあるこの建物だな」遼大が地図上でその建物を指差す。「えぇ、そのようね」私がそう言うと、賀神さんが何かを調べ始める。「その建物はミラトリウム製薬の保管庫兼研究所にもなっているようだ」賀神さんは自身のタブレットを私たちに見せてくれる。「研究所……」私はそう呟き、あのベイサイドパイロットプラントや、千堂弘の家のあのラボを思い出し、ゾッとする。一体、そのラボで何が行われているのだろうか。それを想像するだけで背筋に悪寒が走る。「おそらく、千堂の居る場所はこの第七区画だな」私たちは顔を見合わせる。「行こう」誰からともなしにそう言う。◇◇◇高嶺さんから連絡が入った。千堂弘の居場所を特定出来たかもしれない、と。俺はその場所を聞き、加山さんに連絡を入れる。「念の為、燈と高嶺さんのGPSを追ってくれ」俺がそう言うと加山さんが言う。『かしこまりました』俺は歩き出しながら考える。これは俺も一緒に行くべきだろうか。高嶺さんは燈と賀神さんを連れている。これ以上、人員が増えたら負担だろうか。それでも俺も行きたいと思った。愛沢くるみがその体に何をされているのか、どんな処置がされているのか。千堂弘は愛沢くるみの体内に一体何を見つけたのか。千堂弘は天才だが、燈や高嶺さん、そして賀神さんも天才の部類の人間だ。俺は脳外の世界の中では天才とも言われていたが、今はその自信が無い。本物の天才たちをこの目で見たからだ。(俺も小さい人間だな)そう思い笑う。きっと千堂弘がどんな処置をしていても

  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   309話 汽笛

    「それで? 俺たちはどこへ行けば?」遼大がそう聞く。電話の向こうで千堂弘が笑う。『すぐに来て頂く訳にはいかないのですよ、私の方もこれからその施術をするので』そう言われた遼大が腕時計を見る。「どれくらいの時間が必要なんだ?」遼大がそう聞く。カチャカチャと金属の器具の音がする。『そうですねぇ……前回よりも時間がかかるのを考慮すると、一時間、ってところですかねぇ』タイムリミットが切られた。一時間……しかも出来るだけその時間内に千堂弘が居る場所へ辿り着ければ、施術自体を止められるか、途中で投げ出させることが可能なのだ。遼大が静かにスマホを取り出して、音も無く、スマホをタップしている。居場所の割り出しにかかっているのだろうと思った。「私たちは今、あなたがどこに居るのか、見当もついていないのよ? そうなると愛沢くるみを救い出すのに時間がかかってしまうわ」私がそう言うと、電話の向こうで千堂弘が笑う。『候補地がいくつかに絞れているのでしょう? 順番に当たったとしてもそれ程、時間はかからない筈だ』千堂弘は私たちの状況を把握しているように感じる。そしてそれを楽しんでいるようにも。「確かに私たちは候補地をいくつかに絞っているわ。それでもその過酷な施術に愛沢くるみ自身が耐えられるのかは、また別の話よ」私がそう言うと、電話の向こうが急にシンとなった。『検体が耐えられるかは別の話……』千堂弘がそう呟く。きっと千堂弘は分かっていない。人が生きようとするのは本能的な部分も大きいけれど。精神的に壊されてしまえば、それは生きる意味を失くし、生命力もそれに応じて落ちてしまう事もあるのだという事を。『面白い仮説ですね』冷たい声が響く。「仮説なんかじゃないさ、人間はそういう生き物なんだ」遼大がスマホを操作しながらそう言う。「今、目の前でお前がこうして俺たちと話しながら施術を準備をしているこの状況が、お前の大事な検体にどんな影響を与えるか、なんて考えた事も無いんだろうな」ほんの少しの蔑みが混ざる、その言い方に遼大の苛立ちが見える。電話の向こうでふっと笑う千堂弘が言う。『そこはご本人の生命力に賭けてみましょうか』カチャンというひと際大きい音がした後、千堂弘が言う。『そろそろ時間です。私はこれで。健闘を祈ります』電話がプツッと切れる。ツー、ツー、ツー

  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   308話 仮説

    千堂弘は私たちが愛沢くるみを大事では無いのか、と聞いた。確かに愛沢くるみは私たちにとって大事な人間だ。それは愛沢くるみが今まで犯して来た罪を償わせる為で、愛沢くるみ自身が大事な訳では決して無い。私たちは愛沢くるみの持っているという特殊な血清に興味なんて無いし、それが手に入ったところで……そこまで考えて、私はある可能性を思い付き、ハッとする。千堂弘がここまで愛沢くるみにこだわっているのは、愛沢くるみからしか採取出来ない特異な血清があるからだ。そして私たちはそれを千堂弘の開発する薬品の一つの駒だと思っていた。でも恒久的にその血清を手に入れる為には愛沢くるみを生かしておく必要がある。だからこそ私たちはそれ程、焦ってもいなかったのだけれど。もしかしたら。私はそう思って、手元のメモ帳にメモを書く。サラサラとメモを書いて、遼大と賀神さんに見せる。メモを見た二人は互いに頷きい合って、私を見る。きっと二人も私と同じ考えなのだと確信する。「愛沢くるみは大事よ。彼女に何かあったら困るわ」私は冷静にそう言う。決して声の調子で私たちの思惑を悟られてはいけない。『そうでしょうね。じゃなければこうして私を追いかけて来る事の意義が無い』千堂弘は冷たい声でそう言い、笑う。(良かった、悟られてはいないみたいね)千堂弘は自分を追いかけて来る事の意義と、そう言った。千堂弘を追いかける事の意義なら、ごまんとあった。開発する事が許されないような薬品を開発し、それがEMSOの地下階に今まだ充満していて、浄化も出来ない。中和が出来ればそれが一番だけれど、それすら出来ずに地下階を封鎖しなくてはいけなくなっている。私たちが分析も分解も出来ない悪魔の薬 ―― レプリトールディザスター。開発したのは千堂弘の異母兄の千堂彰だけれど、千堂弘はその開発を引き継いでいる。だからこそ、愛沢くるみが必要なのだ。長年、その体に愛欲の女王を噴霧し続けてもなお、精神にも体にもほとんど影響の出ていない、その特殊な体質。愛沢くるみの体内で何年もの時間をかけて、生成された特異な“何か”。私たちはそれが何かと突き止めてはいないけれど、それがある以上、千堂弘が愛沢くるみを死なせる事は無い。そして。こうして自ら私たちに接触して来るのは、前回同様、私たちに愛沢くるみを助けさせる為だろう。そしてもう一つ。

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